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ブログ更新

 投稿者:管理人  投稿日:2006年 1月 2日(月)14時03分40秒
  白昼夢想(20)〜(27)まで追加・更新しました。
多忙のため、なかなか更新できないですみません。
↓下記のサイト「白昼夢想ブログ」
 

新春大予測

 投稿者:ハルジャス  投稿日:2006年 1月 1日(日)13時22分29秒
  謹賀新年。今年もよろしくお願い申し上げます。
昨年の株式市場は、自民党大勝利を起爆剤として16000円台まで急上昇しました。自民党がこれほど勝利したのは、米国筋が日本のメディアを3000億円程の裏金で買収し、徹底的にメディア洗脳をしたことが主因でしょう。日本の景気は確かに好調で、巷にはデフレ解消の意見も出てきています。しかしミニバブルともみなされるので、楽天的に考えるのは如何かと存じます。今年の半ばまでこのブル相場の余韻が残るでしょう。しかし、一方通行の上昇は続かず、2万円台との予想もありますが、そう易々とはいかないでしょう。今年前半は一進一退の天井圏相場となることでしょう。後半からは、山高ければ谷深しで、急落もあり得ます。現在でも、何時急落しても不思議ではない状況です。今年の予想としては、日経平均は12000〜18000円の間に収まるでしょう。
 米国のポチ小泉は暴君ネロやヒトラーの如き独裁者としての権力を握ってしまいました。憲法改正を視野に入れたこの政権は、在任が今年の9月までと本人は述べていますが、たとえ首相が交代しても、権力そのものは継承されるので、日本人とその国益を危険な状況に置き続けることに変わりありません。なぜ、この自民党政権が日本国民にとって危険なのか?それは、米国の背後で世界支配を企んでいる闇の世界権力の言うがままだからです。郵政民営化により、遠からず国民の虎の子350兆円は外資の餌食になることでしょう。日中、日韓の政治的な対立図式は、闇の世界権力の高等戦術であることを誰も気付いていません。つまり、分断して統治せよ、という原則なのです。中国共産党は闇ユダヤ資本によって作られ、今も背後でコントロールされています。ソ連共産党は世界権力にとって役割を終えたため抹消されましたが、これからは対極の構図であった資本主義の解消を意図した戦略になっていきます。その端緒は、情報の一元管理による思想統制です。個人情報保護法などというのは、この一旦でしょう。憲法を改正して国軍を作り出し、さらに思想統制を強化することでしょう。人口削減もそのひとつです。鳥インフルエンザが生物兵器であることは100%間違いありません。タミフルの特許で私腹を肥やす米国政府高官のラムズフェルドはメフェストフェレスの如き人類反逆の悪魔です。タミフルは鳥インフルエンザの病状を促進し悪化する触媒作用があるので、けして服用してはいけません。HIVの予防接種中にHIVそのものが混入されていたように、WHOの一部が奴らの手先なのです。すべての予防接種は避けるべきでしょう。人口削減という禍々しいテーマが闇の勢力に潜んでいることを知るべきです。今年から、奴らの戦略がいよいよひとつずつ陽の目をみることになりそうです。つまり2006〜2012年が、彼らにとっても総決算の時限であり、戦略の実現化に加速がついてくることと予想されます。品性が廃れつつある日本人は、まずは闇ユダヤ資本の手先であるヒルズ族などという吸血パンパイアを抹殺する勇気と高潔な倫理観を持つべきです。そして日本人の美学と道徳を破壊するあらゆる策謀を阻止したいものです。今年がその気付きの年になるように祈っています。
 

お知らせ

 投稿者:管理人  投稿日:2005年10月 9日(日)10時41分15秒
  ☆三年間に渡って過去連載しました「白昼夢想」を、新たな視点で見直し、推敲・再構成してブログに投稿しはじめました。順次、投稿していきますので、是非ご覧下さい。
↓下記のサイト「白昼夢想ブログ」
 

自然災害の脅威と茶番選挙

 投稿者:管理人  投稿日:2005年 9月 5日(月)22時55分44秒
  ◎ルイジアナ州を襲ったハリケーンや日本列島、各国を襲う台風は人力では防ぎようがなく、被災された人々に深くお見舞い申し上げます。

◎日本は衆議院選挙の最中ですが、郵政民営化の是非を争点にした自民党の策略の本質は、350兆円の貯金放出狙いであり、背景にアメリカとの密約があることを大半の国民は判っていません。郵便局員が税金で暮らしていない国家公務員という点では、民営化諭として優先順位が低いものでしょう。税金を蝕む社会保険庁や道路公団等をまず槍玉にすべきであり、血税泥棒こそはこれら本当の血税を啜る吸血公務員なのですから。そして年金問題やデフレ解消のほうが優先される重要課題でしょう。サラリーマン増税を隠すのは、単に彼らの選挙対策であり、嘘つき政治家達に騙されてはなりますまい。国家百年を見据えた政策を一体誰がしてくれるのでしょうか。なぜこのような小物で姑息な政治家が増えたのでしょうか、嘆かわしい限りです。

☆ハルジャスの論考はしばらくお休みさせていただきます。
 

白昼夢想

 投稿者:ハルジャス  投稿日:2005年 6月 5日(日)21時34分22秒
  天武天皇が天智天皇と同一人物とする説は、いかにも劇画的な推理ではあるが、両者が兄弟とされる定説を前提としても、天武が壬申の乱で天下を盗り、皇親政治を確立した後の歴史で不思議な展開が多いのは何故であろうか。律令制度とは、豪族から実質の支配権を取り上げて新たに家来として官職・冠位を与え、私有地を禁止して天皇独裁と中央集権を確立するための政策であった。天智天皇は、蘇我氏などの有力氏族から支持を得られず、その死後、壬申の乱で主要豪族は天武に加担したことにより、天皇独裁の制度は形骸化することになった。しかし、天武・持統と続くなかで実権を掌握したのは、誰あろう中臣=藤原家であり、鎌足の子・藤原不比等である。天武が死んで天智の子である持統天皇(天武の后)が即位した経緯は不明であり、謎である。不思議なことに持統天皇は藤原不比等の私邸で即位したと伝承される。すなわち藤原不比等こそが皇親政治を止め律令制度を形骸化させ、日本書紀という藤原家による贋の歴史書を捏造した影のフィクサーであり、陰謀家鎌足の血を引く謀略の奸臣だったのである。この人物の最大の悪事は、蘇我氏の業績である国史・帝記を焚書して、聖徳太子や天武の実績を消し去ったばかりか、それらを我田引水して記紀を捏造した事である。一説によると、大化の改新のとき暗殺された蘇我入鹿こそ聖徳太子であり、律令制度、国史(先代旧辞)の編纂の立役者であり、分裂状態だった政治状況の中で、邪馬台国=九州朝廷と、そのライバル出雲朝廷の二大勢力を、大和朝廷として統一化を果たした功労者だったのである。しかし、出雲系の蘇我氏は九州王朝系の天智=中大兄皇子と中臣鎌子によって謀殺され、聖徳太子=蘇我入鹿を殺して歴史から抹殺したのである。天武天皇=大海人皇子を支持していた出雲系=物部系蘇我氏など有力豪族の末裔は壬申の乱で巻き返しを図り、天武天皇を担いで豪族の実権を回復しようとした。しかし、奸臣だった藤原不比等が恐らく天武を暗殺して天智の娘である持統天皇を担ぎ出し、再び九州朝廷系の巻き返しを計ったのである。このような推理からいうと、天武と天智がそもそも兄弟とする定説には無理があり、系図捏造の心理からすれば、不比等は自らの悪行を晦ますために記紀の系図を都合よく創作したのだろう。天智の娘を天武が后にするのはどうみても疑わしく、さらに天武が壬申の乱で勝利したのに、天智の娘を持統天皇として即位させる筈もあるまい。天武が愛したのは額田王であった。天武=古人大兄皇子という説もあり、額田王との子が壬申の乱の宿敵・大友皇子に嫁いだ十市皇女である。このややこしい閨閥が何を意味するのか、系図そのものが偽造である確率が高いこともあり、推測するしかないのである。ただ、天武と天智の兄弟説は、例の相撲取り一家の兄弟の確執よりも根が深いことから、恐らく血脈が異なる筈であり、天武=出雲系、天智=九州系で別々の朝廷の血筋が強い系列であったことは間違いあるまい。しかも、渡来人系列であり、百済系、高句麗系、新羅系などの主力豪族が国家を二分して拮抗対峙し、日本列島を騒乱の巷にしていた時代であった。そして、閨閥政治や権謀術数の政権争いの中で、血で血を洗う謀略と陰謀の醜い血脈の始原こそが天智・天武の天皇であり、歴史上初めて豪族支配を確立し日本国を天下統一した万世一系天皇家のほんとうのルーツだったのである。つまり天皇制や国家神道は、天皇血脈を捏造した藤原一族による醜い陰謀で虚構の完成をみたのである。  

白昼夢想

 投稿者:ハルジャス  投稿日:2005年 5月31日(火)14時02分15秒
  日本人の民族的ルーツ、宗教的ルーツを探る試みを鋭意しているが、昨今話題の靖国神社参拝が国益に適うか否かなどと迷うのは、自らが日本人とは何かを自己認知していないからであろう。靖国神社は明治時代の初期に軍隊により造られたものだが、富国強兵というスローガンで軍備拡張と覇権主義に走ったのは、ユダヤ勢力に踊らされた明治政府の支配者達が当初より洗脳されていたからである。東京裁判が国際法違反の決め付け一方的裁判であり、勝てば官軍の非合法リンチであったのは歴史的事実である。有罪A級戦犯を決め神道の抹殺と天皇家の断絶を策したのはGHQの主導者アシュケナジー・ユダヤ人達であった。つまり、このユダヤ人達は日本を富国強兵化し軍事力で周辺諸国に侵攻する覇権主義を煽り、真珠湾の「やらせ」をきっかけにユダヤ人・ルーズベルトを使って日本を負け戦に誘い込み、挙句はユダヤ人の開発した原爆で無辜の民30万人を一瞬にして虐殺した。国家の意思で戦死した日本兵を祭るシンボル=国家の記念碑として存在する靖国神社への参拝という霊的・精神的な宗教行事を、誰あろう自国民が非難することは、自ら左傾化・共産主義化・無神論国家・天皇制否定を認めたことになる。いわんや、他国の傲慢な無神論政府が、独立国家の首相の宗教的行為に対して無礼千万にも止めろとほざくのは内政干渉を通り越して非道・狂気の沙汰である。左傾化したマスコミや野党や評論家が、隣国のご機嫌取りこそ国益に適うなどと、無神経かつ無見識な亡国論に走るのは国賊スパイ以前の非国民裏切り行為である。経済的利益が一国の威厳や宗教心よりも優先するなどと言うのは、ユダヤ人的・非民族主義的な国家民族解体の発想である。A級戦犯を当時支持したのは他ならぬ日本国民であり、政府であった。すると、A級戦犯を墓から掘り出してあたかも無縁仏のようにするなどという分祀行為は、死者を仏・善霊として祀る自国民の精神的・霊的な存在価値を自ら抹殺する無神論的行為となる。つまり、靖国参拝停止要求とは、宗教を否定する無神論共産主義者が有神論宗教を有する日本国民に対して国民宗教を捨てさせる踏み絵となっているのだ。このような根本的な価値観を理解できない脳天麻痺した左傾化共産化日本人は、自虐的なGHQ歴史教育に洗脳されてきた似非文化人であり、ユダヤ支配のマスコミに踊らされている哀れな売国奴にすぎない。日本人のルーツに正統派ユダヤ民族のDNAが混入しているのは歴史的な事実である。靖国問題化は改革派タルムード・ユダヤの策謀なのであり、日本人の血に混ざったと窺える、失なわれた十部族を無意識的に抹殺しようとする共産主義改革派タルムード・ユダヤが、背後で日本に敵対政治行為を煽っているのが透けて見えるだろう。天皇制や神社信仰の歴史的背景には、正統派ユダヤの血脈が脈々と流れているからであり、日本の神道・天皇の歴史を考察するだけでも、民族的にも正統派ユダヤ民族が贋ユダヤ民族に駆逐されてしまった背景がよく理解できるであろう。贋ユダヤ勢力は、日本神道の抹殺を図ることで、正統派のユダヤ血脈断絶を企図することだろう。そして、もしかすると彼らが一番恐れている真正ユダヤ教の三種の神器が、日本の古墳・神社の中に発見される日も近いことだろう。要するに靖国参拝は日本人の存在意義の象徴であり、天皇制認知・有神論神道信仰の踏み絵なのである。靖国参拝問題化の背後には贋ユダヤの傀儡である共産主義者の政治的宗教的陰謀があるのだ。  

白昼夢想

 投稿者:ハルジャス  投稿日:2005年 5月29日(日)13時54分1秒
  天智天皇と天武天皇の確執は、百済系と新羅系の民族争いを背景にしているが、二人の共通の愛人・額田王(生没年不詳)の存在も大きかった。天智天皇は即位して正式な皇后・倭姫命を迎えたが子に恵まれず、中大兄皇子の時代の愛妾に四人子供がおり、本来は皇位継承権の無い釆女の子・大友皇子は身分が低い為、継承問題が起こっていた。盟友中臣鎌子(鎌足)が死んで後ろ盾を失った中大兄皇子は、その当時朝廷を支える氏族の現状を掴むため、「庚午年籍」という国勢調査を実施した。百済系、新羅系、高句麗系の移民の中で新羅系の数が多くなって、一触即発の状態であった。白江の海戦(白村江の戦い)に敗れたあと、人心は中大兄皇子・鎌子から離反しており、所謂内憂外患の政治状況であり、即位に当たっては唐の侵攻を防ぐ為、近江大津に遷都したのだが、日々酒宴に興じていた頃、大海人皇子との「長槍事件」が起こる。鎌子、天智の振舞いに対し、廷臣たちはもとより、畿内の中小氏族は鎌子、天智体制の崩壊を予感しており、情勢を転換するため天智天皇が群臣を集めて酒宴を浜楼(はまろう)で開いた。酒宴たけなわのころ、大海人皇子が長槍を叩きつけて敷板を刺しとおした。天智天皇が仰天して大いに怒り、大海人を殺害しようとしたが、内臣鎌子が二人の間に割って入って、天皇を諌め、事無きを得た。この事件は酒宴で起こったものだが、冷静な王道派皇子の大海人を血気妄動に走らせたのは何故か。天智は退位をほのめかしていたから、主には後継者問題であった。即ち、大海人皇子は、内臣鎌子と天智天皇の秘話の中から、後継者として二十歳を迎えたばかりの大友皇子の名を小耳にはさんで、「天皇よ、それでは話がちがう」と責めたのである。この場面では、後継者選びがけんかの直接の原因とされるが、その背景には同じ愛人である額田王の取り合いの経緯があった。しかし、内臣鎌子にはどうしてもここで天智に死んでもらう訳にはゆかない理由があった。それは、人臣として最高の名誉である藤原氏の賜姓と大織冠・大臣の授与が天智天皇により約束されていたからである。内臣鎌子は、間髪を入れず、二人の間を割いたことから後に壬申の乱が起こる。鎌子は長槍事件の翌六六九年(天智八)九月十六日に死去し藤原氏が誕生した。天武と天智の関係で不思議なことは、天智の十人の皇女を、天武天皇および天武の皇子たちが妃として召しあげていることである。また、天智天皇の婚姻歴の中に、釆女の鏡王女の名や、後宮の妾・額田王の名も見当たらないことだ。有名な万葉歌人・額田王は、宮廷歌人であり、神事を執り行う巫女でもあった。額田王は「あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る」と歌い大海人皇子のほうを恋焦がれていたが、中大兄が横恋慕し権力にものを言わせて奪ったのである。後に天武天皇となった大海人が天智の皇女を后としたというのは、単に話のつじつまを合わせたからであろう。凛とした一途な才媛・額田王の恋はけしてハッピーエンドではなかった。パトロン鎌子亡き後、釆女の子・大友皇子を疎んじた天智は姦計を廻らし、自ら病死したとみせかけ政敵かつ恋敵・大海人を毒殺した上で、自ら天武天皇にすり替わって壬申の乱を起し、傍若無人な大友皇子を抹殺したのだろう。渡来系の血族争いに終止符を打ち、半島を制覇した新羅系など外来氏族の力を削ぐ目的のため、今までの歴史を捏造したり実子を殺してまで、天皇家をなんとしても万世一系の天上人に祭り上げる必要性があったからである。  

白昼夢想

 投稿者:ハルジャス  投稿日:2005年 5月22日(日)12時46分3秒
  血族同士の内乱とされる壬申の乱には謎が多い。天智天皇の子とされる大友皇子は弘文天皇として即位はしておらず、その称号は明治三年に与えられたものである。大友皇子の母は伊賀采女宅子娘であり、地方豪族出身とされるが、これも出自が不明で定説はない。伊賀氏は海人族でむしろ天武=大海人に近い。近江国瀬田の決戦に大敗し、山前の地で自ら命を絶った大友皇子の首級は不破行宮に届けられたという。一方、落去伝説もあり、この首は影武者のもので、本人は鎌足ゆかりの地、上総(千葉県君津市)に逃れたという。鎌足の娘・耳面が大友皇子の妾だったからである。天武天皇と伊賀采女宅子娘の接点は見出せないが、大友皇子が天智の子ではなく、天武の私生児とする仮説を立てると、天武と大友皇子は親子となり、天智にとって血族ではなくなる。出自が朝廷血統でないことを隠したかった天智は、どさくさに紛れて天武に成り代わり、天智の実子とされていた大友皇子を殺そうとしたのだろう。大友皇子は自害したというが、多分、自決にみせかけて隠れたのかもしれぬ。中大兄皇子が天智天皇になれたのは、中臣鎌足の助けでクーデターに成功したからであり、万世一系としては血のつながりが無いので、天智・天武を朝廷血族の兄弟と系図捏造した上で、天武の私生児を自分の養子=嫡子としたのだろう。そして、まんまと天武にすり替わってからは、邪魔になった他人の息子・大友皇子を排除したというのが真相であろう。このような狡猾な血統乗っ取りをした天智=中大兄を影で助けたのが権力亡者・中臣一族であった。実力者鎌足の死を見届けると、天智はかねてからの念願を果たそうと姦計をめぐらした。つまり、大和朝廷の血脈完全入れ替えである。そして、天皇血脈を完全に乗っ取った天武天皇(実は中大兄=天智)は、最後の仕上げを画策する。つまり、帝紀の改竄と国史の捏造である。滅亡した蘇我氏が作成した帝紀と先代旧辞を我田引水・改竄して記紀を作らせたのである。天武の狙いは豪族氏族の実権失墜と天皇家への隷属化である。天皇「家」を始めて創造したのは天武だった。それまでは朝廷も大和「氏族」であり、豪族氏族の代表に過ぎなかったのである。こうして天皇家の氏俗脱皮・天上人格上げ作戦は古事記・日本書紀により成功した。今でも天皇家に氏戸籍が無いのはここに由来する。天孫はあくまで降臨したのだ。しかし、記紀の編纂には謎と矛盾が多いのである。日本書記が編纂されはじめたのは、天武崩御から27年後である。古事記編纂を天武が命じたのが681年であり、実際に完成したのは35年後の712年なのである。古事記序文には壬申の乱賛辞がみられるが、本文は推古天皇で終わっている。なぜ壬申の乱や大化の改新の記述が無いのか?意図的に天智・天武が省略されているのだ。また古事記序文は漢文なのに本文は大和文であるのは何故か?日本書記は新羅を野蛮視して非難したが、古事記にはそれが無い。日本書紀は古事記よりも8年遅く編纂されたが、古事記の内容を参照していない。古事記が日本書記よりも後に出来たからである。天武の渡来系出自に対する妖言侮辱事件も起こり、漢族や吉備族の支援で成功した壬申の乱を抹消したかったのだろう。稗田阿礼が天武から指示されたとき20代だったが、実際に編纂した時期には60代となる。記憶力抜群で帝紀・旧辞を諳んじた阿礼は既にボケていたのではないか?要するに、古事記は偽書なのである。諸家の伝記や国史を抹殺し、歴史を改竄したのである。  

白昼夢想

 投稿者:ハルジャス  投稿日:2005年 5月21日(土)00時29分56秒
  天皇制が成立したのは、本当は7世紀であり、けして初代神武天皇の前7世紀頃ではない。万世一系とは、大和朝廷という豪族の中でも最有力氏族が、蘇我氏によって支配権のシンボルとして祭り上げられた天皇系図「国史」を、豪族支配権を度重なる暗殺劇で奪取した中臣=藤原一族が、政治権力のフィクサーとして「記紀」に改竄したプロパガンダである。この時代はおどろおどろしい暗殺による権力闘争の時代であり、百家騒乱の戦国時代なのであった。蘇我馬子、蝦夷、入鹿の蘇我一族は、毒殺と惨殺と憤死で抹殺された血塗りの家族であり、蘇我氏血縁とされる聖徳太子、山背皇子が暗殺され一世紀に渡る蘇我一族の天下は終わった。最後に勝利したのは、天智天皇の子・弘文天皇つまり「甥」を殺した天武天皇であり、天智天皇の盟友とされる中臣鎌足の血族である。中臣は藤原姓を与えられ、以後藤原氏は長く天皇制を支える中心的氏族として歴史に名を残した。最後に勝利した者こそ、陰謀の主犯といえるので、大化の改新、壬申の乱など一連のクーデターを推理すると、キーマンは天智天皇=中大兄皇子、天武天皇=大海人皇子、中臣鎌足、そして聖徳太子であり、出自が不明・諸説紛々謎の人物達である。まず天武と天智が兄弟というのは、真っ赤な嘘である。天智が兄で天武が弟とされているが、天武が4歳年上の弟となること、天武の后が天智の四人の娘で近親婚過ぎること、日本書紀には「大海人」の名前が全く出て来ないこと、等様々な矛盾が生じるのである。白村江の戦いで新羅軍が倭国・百済連合軍を破り、邪馬台国=九州倭国は崩壊し、大和朝廷が唐の傘下になった時点で、新羅・唐の渡来人勢力が支配権を実質的に獲ったものと推察される。従って、壬申の乱は血族の骨肉の権力闘争ではない。天下人となった天武による後付系図化・正当化の形跡が窺えるのだ。病気で末期の天智天皇が大海人皇子に譲位しようとしたというお涙話はでっち上げだろう。得度して隠れた筈の大海人皇子が、兵力を集め豪族と決起した壬申の乱の真相は、恐らく定説とは全く異なる意外な陰謀なのであった。実は、天智天皇は病死しておらず、病死した大海人と入れ替わり、実子の弘文天皇を誅殺し再び天皇に返り咲いたのではなかろうか?つまり、著者の新説・天智天皇=中大兄皇子=天武天皇という大胆推理である。また、大海人皇子は新羅王族系の金多遂という説もあり、新羅支配下となった情勢で朝廷は実権を奪われ、朝鮮系の渡来人・金多遂が影のフィクサーとなっていたのかもしれぬ。そのように推理すれば、天武・天智の関係の謎や矛盾点が氷解する。そして、背後で天智を操ってきた中臣鎌足こそ、最大の黒幕だった。天武を傀儡政権に仕立て上げて、影の天皇として律令制を完成させ、記紀を創作させたのは、何を隠そう天下人藤原一族なのである。さらに驚愕の真相は、藤原氏と参謀の秦氏が、今でも信仰される聖者・聖徳太子という虚構の人物を、悪事の過去の経歴を抹消するために「創作」したという歴史捏造である。なんらかの意図で大海人皇子の正体を歴史から消したかったのであり、まず天智天皇は自分の出自が渡来系であることを壬申の乱の計略で隠そうとした。また、変身して天武になると、自分と大海人との関係をも隠そうと、日本書紀から名前を抹消したのである。つまり、謀略家の吸血鬼・中大兄=天智は天武にすり替わり、暗殺計画の同士である鎌足とともに、歴史上初めて虚構の天皇「家」を創り上げ、「渡来氏族」の天上人化を画策し、伊勢神宮による祭政一致のユダヤ系新神道を捏造し、戦国時代である長い豪族紛争を終わらせ、ネイティブ縄文人を奴隷化する律令中央集権国家を遂に樹立したのだった。  

白昼夢想

 投稿者:ハルジャス  投稿日:2005年 5月17日(火)22時15分10秒
  聖徳太子の時代、蘇我氏と物部氏の戦いを、仏教VS神道という単純な構図とする歴史的定説には異論がある。聖徳太子の母親は穴穂部間人といい、丹後の海部氏と関係のある巫女であり、大和朝廷における日本神道の元締めである物部氏は海部氏の分家にあたるのである。つまり、太子の母親は日本神道の祭祀巫女だったが、用命天皇と結び間人皇后となった。間人皇后の生い立ちは謎とされ、後付けの系図として蘇我稲目の娘である小姉姫と欽明天皇の子とされているが、一説には聖徳太子の参謀であった秦氏に由来する、日本三景天橋立にある与謝野宮(篭神社=元伊勢)と縁が深く、篭神社の宮司である海部氏(=秦氏)の血筋ともいわれる。つまり、秦氏である海部氏=物部氏こそ、当時の大和朝廷の実権を握る神道宗家だったのであり、恐らく聖徳太子は蘇我氏と物部氏の両方の血筋を引いているのだ。それが史実だとすれば、蘇我馬子によって后とともに暗殺された理由も釈然とする。三種の神器である勾玉はもともと元伊勢の篭神社にあったが、秦氏が伊勢神宮に移した。その後、歴史的には壇ノ浦の合戦で紛失されたといわれるが、篭神社が本物をずっと隠していたという説もある。聖徳太子は、海部氏つまり秦氏をブレーンとして、先代旧事本紀大成経を編纂させた。その意図は万世一系天皇家の歴史の権威化であり、仏教とともに秦氏伝来の日本神道のドグマ化による国家宗教の統一であった。記紀の構図はこの先代旧事本紀大成経のパクリであり、都合の悪い部分を末梢してその成果を我田引水したのである。秦氏は賀茂氏と改名して賀茂神社の宗家となり、現在まで天皇の祭祀を主催している。秦氏とは、一体何者だったのか。太子の側近の秦氏は、秦の始皇帝の末裔と自称していたが、始皇帝など中国の治世者が殆ど遊牧民族や西アジアの騎馬民族であり、中国土着ではないことを鑑みると、秦国はユダヤ系騎馬民族によって成立した外来国家だったとみられる。当時の大和朝廷や群雄割拠していた豪族は、半島渡来の騎馬民族が多く、秦氏は建築技術・冶金技術・宗教知識等を携えて彼らとともに列島に定着していた。太子の国作りの思想は、この秦氏に負うところが大きい。秦氏こそ、日本国家成立のキーマンであり、日本神道を創造した立役者であり、天皇制を確立し伊勢神宮を構想して天下を治世した影の実力者である。ところが、秦氏はけして縄文人でもなく、半島始原の朝鮮民族でもなく、西アジアからシルクロードを旅してやってきた謎のユダヤ人であり、失われた十部族のひとつガド族の末裔とみられる。ちなみに帝という言葉は、ガドから来ている。秦氏は景教徒とされるが、むしろミトラ教の影響が強いネストリウス派、人間イエスキリストの神聖を認めないグノーシス・ユダヤ教徒である。ペルシャ伝来の文物が正倉院などにあるが、伊勢神宮の祭祀と建築構造がミトラ教やゾロアスター教に伝来するユダヤ教・カバラ思想や、三位一体の一神教としての旧約聖書をベースにしている事実は見逃せない証拠である。しかし、太子の意図に反して、日本神道は記紀として変質・改竄され、その核心部分だけはユダヤ教的祭祀の構造を残して、天皇制系図と政治体制は天下人としての天武天皇に利用・剽窃され、国家神道の実質的創始者である聖徳太子は焚書・謀殺とともに創始者の権威を剥奪されたのである。不幸中の幸いだったのは、この秦氏のユダヤ教が、ハム系タルムード・ユダヤとしての改革派ユダヤ教ではなく、モーゼの真正ユダヤ教であり、バビロニア起源とはいえ、恐らくセム系の正統派ユダヤ教だったことである。いずれにせよ、日本神道の根幹部分がユダヤ起源であるという驚愕の仮説は、今後の研究と実証を期待したい。  

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